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秘密結社フリーメーソンとは? [歴史]

「秘密結社」桐生 操氏の本を眺めてると、
すでに、開示されてることも多いけど、複雑。
フランスも英国も、随分秘密結社ってることで。
表面では、見えないのに。ニュースに出てこない。


フランス革命なんて、ほとんどがフリーメーソンのメンバー
フリーメイソンリーのシンボルマークの一つ180px-Square_compasses.svg.png
アメリカの独立も。
ダ・ヴィンチ・コードの作者、ダン・ブラウン氏も、フリーメーソンのことは書いてるけど、
アメリカ大統領は、初代のワシントンから始まり、沢山フリーメーソンがおられるにせよ、
逆に、ケネディーと、ニクソンは、フリーメーソンでは、ない大統領だったのが、ひっかかるけど。
やはり、フリーメーソンという後ろ盾ないと、政治家はトラブル避けられないってことだったりして。
それと、ヴァチカン、ローマ教会が、フリーメーソンを敵視してる理由がわかった。
でも、そのヴァチカン内もフリーメーソンだらけだとか。
近代オリンピックの父、ピエール・ド・クーベルタン男爵もフリーメーソン。
以前、英国の議員さんたちが、フリーメーソンだらけだと、ニュースになってたことあった気がするけど。
それにしても、形而上系の本でも、目にしたことある、
日米欧三極委員会って何なんだろう。それも開示されてるけど、日本が入ってるところが、これまた、不思議。
ロシア革命もフリーメーソン同志の争い。この背景みると、フリーメーソンは、対抗する勢力の両方を陰で支援するだそうだ。これで、思い起こすのは、
日本の革命の明治維新起こる前、幕府を資金援助したフランスと、逆に幕府には、力ないと見抜いた英国、
これも、あやしくみえてくる。世界史、世界中の歴史は、なにかにあやつられてるみたいにみえてくる。

スコットランド女王☆メアリー・ステュアート [歴史]

スコットランドのニュースには、エジンバラ城が写るから、うれしい。それで、やっぱり、、この女王!
Mary_Queen_of_Scots_from_Hermitage.jpg
メアリー・ステュアート(Mary Stuart, 1542年12月8日 - 1587年2月8日(グレゴリオ暦2月18日))
スコットランド女王(メアリー1世、在位:1542年12月14日 - 1567年7月24日)。
スコットランド王ジェームズ5世とフランス貴族ギーズ公家出身の王妃メアリー・オブ・ギーズの長女。

この女性の人生は、本当に翻弄されまくりって感じする。
めちゃ略歴
スコットランド王の娘、
フランス出身の母の提案で、フランス宮廷育ち
アンリ2世の王太子フランソワと結婚
アンリ2世が亡くなると、王太子がフランソワ2世として即位し、メアリーはフランス王妃となった。1560年、フランソワ2世が16歳で病死、翌年、スコットランドに帰国。
1565年7月、メアリーはダーンリー卿と再婚。
息子ジェームズ(後のイングランド王兼スコットランド王ジェームズ1世(6世))を出産。
ダーンリー卿が殺害され。いろんなものに巻き込まれて、たびたびイングランド王位継承権者であることを主張し、またエリザベス廃位の陰謀に関係して、1570年にはリドルフィ事件(ロベルト・ディ・リドルフィがたくらんだ事件)、1586年のバビントン事件(カトリックのアンソニー・バビントンがエリザベスの暗殺を狙った事件)などである。バビントン事件の裁判ではメアリーが関与した証拠が提示され、有罪・死刑を言い渡された。
エリザベス1世は死刑執行書への署名を渋る様子を見せたが、結局1587年2月8日、フォザリンゲイ城のホールでメアリーは処刑された。

エリアべス女王関連の映画には、必ず登場する人物、メアリー。エリザベスに手紙書きまくり、自分は潔白だといい、あちこち放浪して、最後は結局処刑される。
この処刑された場面の絵画有名かも。確か、処刑で、ドレスの中に女王の犬が隠れてたんだったか。今は、ロンドンのウェストミンスター寺院にメアリーの墓1024px-NMS_Cast_of_tomb_of_Mary,_Queen_of_Scots_2.JPG
エジンバラ城で、メアリーが出産した部屋っていう所見たけど、小さい部屋だったなあ。何やら、いつも命を狙われてるみたいな人。いつも。

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